Episode XX 『アンカンシャス・サポート』

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○月×日の夜、通信が入ったとき
デカルームにいたのはバンとセン、ジャスミン、ドギーであった。
『午後十時二十六分、ポイント237で殺人事件発生。
 被害者は地球人の女性、殺害方法が特殊な為、
 アリエナイザーによる犯行ではないかと思われます』
「わかった、デカレンジャーを派遣する」
ドギーは通信を切り、部屋を見渡す。
「ウメコとテツがいないな。どうした」
「先を争ってバスルームに行きましたよ。
一番風呂は譲れないって」
報告書を打っていたジャスミンが振り返っていった。
「まったく、どうにかならないのかあいつらは・・・」

「仕様がないですよ、折角一週間ぶりにゆっくり入れるお風呂なんですから」
センがそう言って苦笑いした。
今日の昼、一週間前から手配中だったアリエナイザーをようやく逮捕したのだ。
さすがに仕事中はプロとして落ち着いて仕事をこなすが、
この七日間、夕方から夜にかけ、
風呂好きの二人はデカベースに帰ってくるなり一番風呂合戦を繰り広げていた。
風呂の後にはすぐ会議が待っている。
繰り返すが二人はプロである。仕事をおろそかにしてはいけない。
したがって風呂は自然と短いものになっていた。

「しまったな、ホージーが休暇をとったからいない・・・」
「たまにはホージーも休ませてあげましょうよ。
この間の事件、まだ引きずってるみたいだし」
「・・・そうだな。センはウメコを待って行ってくれ。
 あいつを一人で行かせるのはいささか不安だ。
 バン、ジャスミン、頼む」
「ロジャー!」
バンが元気良く敬礼する。
「じゃ、報告書よろしくセンちゃん」
「・・・ちゃっかりしてるね〜、ジャスミン・・・」

ハスキーに乗り込もうとするジャスミンを、バンが難しい顔でじっと見た。
「何?」
視線に気づいてジャスミンが振り返る。
ハスキーの天井に両肘をついて、バンがもう一度見つめ直した。
まるですねた子供のようである。
対するジャスミンも、しょうがない子だというようにため息をついた。
「なあに?バン」
「疲れてるだろジャスミン」

「ないわよ」
そういってジャスミンはいつものように笑った。
「無理すんなって」
「してない。現場に行かなきゃ。早く乗って」
不満そうに、バンは渋々ハスキーに乗り込んだ。

実際は、バンの言うとおりジャスミンは疲れていた。
この一週間、犯人の痕跡や遺留品から
情報を探る為エスパー能力を駆使していたのだ。
だが昼間、事件が解決してからは休息をとったし、
何よりスペシャルポリスであるというプロの意地が
怠けることを許さない。
皆だって疲れている。
これから行く現場が終われば休めるのだ。

「お疲れ様です!」
「被害者は?」
「あちらです。お願いします」
遺体にかぶせてあるブルーシートを取って、二人は顔をしかめた。
「ひでぇ・・・引きちぎられてるのか、これ?」
遺体には左腕がなかった。
破れた服が血を吸って、
だらりと垂れて断面を隠してくれていはいたが、
地面には夥しい量の血だまりができている。
「確かに地球人には出来ないわね」
「目撃者は」
「現在聞き込み中ですが、今のところいません」
「・・・ジャスミン、頼む」
ジャスミンは頷き、右の手袋を外した。

血で汚れた被害者に触れる。

夜の風景が浮かんできた。
被害者はひとりで歩いている。
帰り道だ。街灯の少ないわき道。
この事件現場である。
・・・後ろから足音がする。
振り返るのとすごい力で首をつかまれたのはほぼ同時だった。
アリエナイザーである。
青い、甲殻類のような皮膚。黄色い、鋭利な目。
ジャスミンは以前に宇宙警察のデータベースで見たことがあった。
確か連続殺人犯として手配をされていたはずだ。

被害者は恐怖している。
首を圧迫されて息ができない。
アリエナイザーがにやりと笑って
被害者の左腕をつかみ・・・。

「ああああ!!!」

その絶叫は被害者が上げたのではなく
自分自身のものだとジャスミンは気づく間もなかった。
左腕に燃えるような痛みを覚えてジャスミンは倒れた。

「ジャスミン!?しっかりしろ、ジャスミン!!!」
急いで抱き起こしたジャスミンは蒼白であった。
捜査にきていた警察官たちが何事かと数人駆け寄る。
「どうしました!?」
「救急車を・・・」
「大丈夫」
少しふらつきながらも、バンの手を借りてジャスミンは立ち上がった。
SPライセンスでドギーに通信を繋ぐ。
「犯人は青い甲殻類のような皮膚。黄色の鋭い目。
 連続殺人犯として手配をうけています。
 データベースで照合してください。」
『よし、わかった。被害者の遺体の解剖は警察に依頼する。
 今後の検討会議をする。デカベースに戻れ』

足早にドーベルマンに戻ろうとするジャスミンの肩をバンがつかんだ。
「おいジャスミン!!」
振り向いたジャスミンの顔にはこの現場に向かうとき以上に
疲労の色がにじみ出ていた。
いや、疲労だろうか?
こういう表情を、バンは良く知っている。
事件に巻き込まれた被害者の顔である。
「どうした?」
前に回り込んで両肩に手を置き、
バンは真正面からジャスミンの顔を見つめる。

大丈夫、と言って笑おうとした時、
ぐらりとジャスミンの視界が揺れた。
と同時に身体もバランスを失って
バンに倒れこむ形になった。
何とかバンはそれを抱きとめる。
「やっぱり調子悪いじゃんか。ほら、つかまれ」
バンの肩を借りて、ジャスミンは外をむいて
ドーベルマンの助手席に座った。
「で、どうした?」
バンがしゃがみこんでジャスミンを見上げる。
たぶん無意識でしているのだろうが、
こういうところがバンが好かれるところだろうとジャスミンは思う。

「・・・エスパー能力の加減がうまくできなかっただけ。
 大丈夫。ちょっと気持ちが悪くなっただけだから」
真っ青な顔でいつものようにジャスミンは笑った。
あまりに強すぎる思念はエスパーであるジャスミンには
毒といってもいい。
まるで自分の体験のようになるのだ。
耐えがたいようにジャスミンは目をつぶって俯いた。
左腕には被害者が腕を引きちぎられた激痛がまだ残って、
手袋をはめなおすのを忘れた素手の右手で精一杯握り締める。
その白くなるほど力の入ったジャスミンの右手を、誰かが左腕から外した。
大きな両手で包むように握り締める。
(無理すんな)
「・・・バン」
真っ直ぐにバンがジャスミンを見上げる。
バンの思考が流れ込んで来た。
一瞬遅れて、右手が素手であるのを思い出してジャスミンはぎくりとした。
急いでバンの手を外そうとしたが、がっしりとつかんでいて離れない。
「バン、手を・・・」
「俺が楽しいこと思い浮かべたら気分良くなるかもしんないから
 試してみようぜ」
バンがにっと笑って目をつぶった。

と、テツとウメコが一番風呂を争って
互いに悪口を言いながらバスルームにかけていく姿が浮かんだ。
ホージーが変な英語を使う姿、よくわからないことをするセンちゃん、
六人の部下におごらされてるドギー、横で笑っているスワンさん。
デカレンジャーになってからの思い出が次々にと浮かぶ。
痛みのことしか考えられなかった頭に、
だんだんいつもの自分が戻ってくるのをジャスミンは感じた。
「・・・・・・」
私は、支えられている。
バンに。ホージーに。センちゃんに。ウメコに。
テツに。ボスに。スワンさんに。
みんなと一緒にすごした思い出に。

ふと、思考が濁った。
楽しいことを思い浮かべるのに詰まってきたのか、
バンが難しい顔をしてうなっている。
思わずジャスミンの頬が緩んだ。
「・・・もういいよ、バン」
呆けた顔をしてバンがジャスミンを見上げた。
「え・・・」
「大分気分良くなったから」
一瞬きょとんとして、すぐにバンはにかっと笑った。
「そっか。よしっ!じゃあデカベースにかえ」
「ちょっと待って」
「へ?」
立ち上がったバンを繋いだままの手で引っ張った。
さっきとは逆に、バンがジャスミンに倒れこむ形になる。
そのバンを立ち上がれないようにがっちり捕まえる。

「わ、ちょ、ジャスミン」
「さっき放してっていったのに放してくれなかったお返しよ」
そう言ってバンにわからないようにジャスミンは笑った。
もがくバンを抱きしめながら、小さく
「ありがとう」とジャスミンが言ったのに、
バンはどうやら気づかなかったようだった。

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